友人同士がいさかいを起こしていた時の話なのだが、昔の僕なら間に入って中を取り持つよう立ち回っていたと思います。
高校の同級生A君・B子というカップルの話なんだけど、二人が遠距離恋愛になりB子は僕の通う大学に1年遅れて入学してきました。
二人が割と大きめの喧嘩をするとA君の方から「孔明、お願いだからB子見てやってくんない?」と電話があって彼女の住む女子寮の下まで車を飛ばして車の中で彼女の話というよりは愚痴を長々と聞き、二人が上手く行くようなアドバイスや謝罪のきっかけを与えたことも数回はあったと思います。
友達の為に時間を惜しまず使うことというのは当時の僕にとっては重要な行動原理で生産性の無い愚痴につき合うことも凄く大事なことでした。
その考え方に一石を投じたのが大学の友人鈴木君が発した何気ない一言でした。
当時の僕は割とリア充な大学生活を送っていましたが、ド本命だった子の気持ちを自分に向けることができなかった喪失感というものは、なかなか拭い去ることができず本音としてはそういうブルーな気持ちを他人と共有したかったのですが、そこまで他人に甘えることができてはなかったと思います。
たまたま鈴木君にそういう愚痴めいたことをこぼした時彼の言った「孔明はあんまりそういう愚痴言わないよな~気持ちは解るけど自己解決しかないと思うわ。ここで留まって同じようなことを言い続けると人は離れていくと思うし」ってのは当時の僕にはかなり衝撃的でした。
当時の僕の行動原理である「友情教」の教義に照らし合わせると鈴木君はドライな奴ですし、事実その言葉を聞いたとき僕はそう感じたものです。
(自分の教義と違う人間を友人として認めれない程、この段階では子供ではなかったですが…)
少し時が流れ社会人となり、大学時代は無限にあるかのように思っていた時間は、どんどん仕事に浸食されたころ鈴木君の言う「人が離れる」って言うのが堂々巡りの愚痴を繰り返して状況の好転の為に動かない周囲の人たちを見てて徐々に理解できるようになってきたのです。
友情教の敬虔な信徒だった僕の周囲との付き合い方は社会の荒波に揉まれることで徐々に変化していきます。
親の元を離れ自己で生計を成り立たせる責任を負うと無条件で他人を支えると言うのが何とも無責任と感じるようになり、仕事にかける思いや家族を持つかという点において周囲の人間が異なるカテゴリーに分岐されていくと人の個々の選択はある程度尊重しなきゃならないなと思うようになります。
これらは人としての成長と言えば成長なのですが、他人との適切な距離を保持した関係というのは人らしくないなとも思えます。
友情教に基づき未熟な私が他人と密に関係し喜怒哀楽をあらわにしていた時代はどこか懐かしく願わくはその時代に帰ってみたいなと思うことはなくもありません。
現在の私を取り巻く人間関係は大人同士が互いに節度を持ってつき合っているものになっています。過度な干渉は無いし、不適切な行為が見受けられれば黙ってフェードアウトします。
転職の際にアドバイスを求めてきた知人は助言に感謝の言葉をくれましたし、その後こんな会社に入ったと会社が住宅販売をしていることを教えてくれました。
「何かあったら言ってよ」に対して「うわっ営業かけてきやがった」ではなく「そんときゃよろしく」と笑って返しましたが、2度目の投資案内のメールに返事をすることはなく「仕事の話抜きでまた飲みましょう」と書いてあった年初に来た年賀状もほっぽったままです。
とかく節度に支配された人間関係の中で、個々のパーソナリティの一部同士で繋がりあうSNSの世界はそういう意味で凄く新鮮です。
なので見ない自由、反応しない自由を行使したり「沈黙は金なり」を地で行くことなどがありますし、疲弊の度合いが高ければ撤退の自由を行使することも可能性としてはあるでしょう。
これが人間関係と呼べるのかについて、はっきりとした答えは持ち合わせていません。
ただ新しい形だなと思います。
「ウソをウソだと見抜ける人でないと難しい」
こう言ったのは2ちゃんねるの元管理人ひろゆき氏ですが、SNS上の人間関係も
「SNSをSNSだと理解できる人でないと難しい」
ってことなんでしょうね。
高校の同級生A君・B子というカップルの話なんだけど、二人が遠距離恋愛になりB子は僕の通う大学に1年遅れて入学してきました。
二人が割と大きめの喧嘩をするとA君の方から「孔明、お願いだからB子見てやってくんない?」と電話があって彼女の住む女子寮の下まで車を飛ばして車の中で彼女の話というよりは愚痴を長々と聞き、二人が上手く行くようなアドバイスや謝罪のきっかけを与えたことも数回はあったと思います。
友達の為に時間を惜しまず使うことというのは当時の僕にとっては重要な行動原理で生産性の無い愚痴につき合うことも凄く大事なことでした。
その考え方に一石を投じたのが大学の友人鈴木君が発した何気ない一言でした。
当時の僕は割とリア充な大学生活を送っていましたが、ド本命だった子の気持ちを自分に向けることができなかった喪失感というものは、なかなか拭い去ることができず本音としてはそういうブルーな気持ちを他人と共有したかったのですが、そこまで他人に甘えることができてはなかったと思います。
たまたま鈴木君にそういう愚痴めいたことをこぼした時彼の言った「孔明はあんまりそういう愚痴言わないよな~気持ちは解るけど自己解決しかないと思うわ。ここで留まって同じようなことを言い続けると人は離れていくと思うし」ってのは当時の僕にはかなり衝撃的でした。
当時の僕の行動原理である「友情教」の教義に照らし合わせると鈴木君はドライな奴ですし、事実その言葉を聞いたとき僕はそう感じたものです。
(自分の教義と違う人間を友人として認めれない程、この段階では子供ではなかったですが…)
少し時が流れ社会人となり、大学時代は無限にあるかのように思っていた時間は、どんどん仕事に浸食されたころ鈴木君の言う「人が離れる」って言うのが堂々巡りの愚痴を繰り返して状況の好転の為に動かない周囲の人たちを見てて徐々に理解できるようになってきたのです。
友情教の敬虔な信徒だった僕の周囲との付き合い方は社会の荒波に揉まれることで徐々に変化していきます。
親の元を離れ自己で生計を成り立たせる責任を負うと無条件で他人を支えると言うのが何とも無責任と感じるようになり、仕事にかける思いや家族を持つかという点において周囲の人間が異なるカテゴリーに分岐されていくと人の個々の選択はある程度尊重しなきゃならないなと思うようになります。
これらは人としての成長と言えば成長なのですが、他人との適切な距離を保持した関係というのは人らしくないなとも思えます。
友情教に基づき未熟な私が他人と密に関係し喜怒哀楽をあらわにしていた時代はどこか懐かしく願わくはその時代に帰ってみたいなと思うことはなくもありません。
現在の私を取り巻く人間関係は大人同士が互いに節度を持ってつき合っているものになっています。過度な干渉は無いし、不適切な行為が見受けられれば黙ってフェードアウトします。
転職の際にアドバイスを求めてきた知人は助言に感謝の言葉をくれましたし、その後こんな会社に入ったと会社が住宅販売をしていることを教えてくれました。
「何かあったら言ってよ」に対して「うわっ営業かけてきやがった」ではなく「そんときゃよろしく」と笑って返しましたが、2度目の投資案内のメールに返事をすることはなく「仕事の話抜きでまた飲みましょう」と書いてあった年初に来た年賀状もほっぽったままです。
とかく節度に支配された人間関係の中で、個々のパーソナリティの一部同士で繋がりあうSNSの世界はそういう意味で凄く新鮮です。
- むき出しの感情が文字になる世界(某Pへのリプとかね…)
- 断片的な情報が雑踏の会話のように目に入る世界(フォロー関係にある人とそうでない人の会話とかね…)
- 相手を特定しないその名の通りの呟き(昼飯なうとかね…)
なので見ない自由、反応しない自由を行使したり「沈黙は金なり」を地で行くことなどがありますし、疲弊の度合いが高ければ撤退の自由を行使することも可能性としてはあるでしょう。
これが人間関係と呼べるのかについて、はっきりとした答えは持ち合わせていません。
ただ新しい形だなと思います。
- 相手の表情が読めない
- 馴れ合いなのかディスってんのか解り辛い
「ウソをウソだと見抜ける人でないと難しい」
こう言ったのは2ちゃんねるの元管理人ひろゆき氏ですが、SNS上の人間関係も
「SNSをSNSだと理解できる人でないと難しい」
ってことなんでしょうね。
最終更新日 : 2017-04-27